永遠に準備中

中国のエンタメを追いかけてます

『“Nisu” Culture in Chinese Fandom Under the Rise of Female Gaze: A Word of Honor (2021) Case Study』を読んで

ここ最近、中国アイドルのファンダムについて興味が止まりません!

その流れで『“Nisu” Culture in Chinese Fandom Under the Rise of Female Gaze: A Word of Honor (2021) Case Study』という2021年に書かれた論文を読みました。以下URLからダウンロード可能です。

 

Qingning Lin(2021), “Nisu” Culture in Chinese Fandom Under the Rise of Female Gaze: A Word of Honor (2021) Case Study

https://www.researchgate.net/publication/355388598_Nisu_Culture_in_Chinese_Fandom_Under_the_Rise_of_Female_Gaze_A_Word_of_Honor_2021_Case_Study

  

原文は英語により不安なところも多いため、要約はメモ程度に受け取ってください。

「泥塑(Nisu)」については個人的に思うことが多く…悩む方一緒に読みましょう(笑)!

 

 

「泥塑(Nisu)」とは何か

「泥塑(Nisu)」とは本来泥人形を指す中国語だが、ここでは表音文字としてあてがわれている。

元は「逆苏(Nisu)」が転じて「泥塑」となった。「逆」が示すのは逆転だ。「苏」が示すのは「玛丽苏(Mary Sue)」という西洋のファン文化を起源にする言葉だ。二次創作に登場する、原作のキャラクターたちよりも優秀で作者にとって理想化された分身のようなキャラクターを、ひとつの二次創作を起源にメアリー・スーと呼ぶ。そしてこの二次創作内でメアリー・スーはさして努力もないままに原作のキャラクター全員から愛されていた。

そこから中国ファン文化の中では「苏(Sue)」という言葉が男性にとって性的魅力があることを指すようになった。

ここから女性ファンが男性キャラクターを逆に「苏だ」と表現し、女性ファンが男性役になって男性キャラクターを彼女や妻という関係に落とし込み遊ぶことを「泥塑」行為、このようなファンを「泥塑粉(粉=ファンの意味)」と指すようになった。

 

中国の〈粉〉いろいろ

唯粉(Wei Fen)=単推し

CP粉(CP Fen)=CP前提でのファン

※唯粉とCP粉はその性質上基本的に対立している。

妈粉(Ma Fen)=母親視点のファン

女友粉(Nuyou Fen)=ガールフレンド視点のファン

整肃粉(Zhengsu Fen)=一切の泥塑行為を許さないファン

 

要約

2021年2月配信の『山河令』はBL漫画を基にしたブロマンスオンラインドラマであり、配信以降何度も微博でトレンドワード入りを果たした人気作だ。この人気に伴い、主演2人は瞬く間にヒットし、周子舒を演じた張哲瀚は中国のファンダムで「老婆(lao po)」の波を巻き起こした。「老婆」は夫による妻の呼び名であり、男性が恋愛関係において女性に対する親密さや愛情を示す。

前提として多くのファンが泥塑粉の行為をセクハラや侮辱であると捉えている。2020年3月には「227事件」と呼ばれる、国際的な同人SNSサイトArchive of Own(AO3)に中国国内からアクセスできなくなるという事件が発生した。この事件の本質は唯粉とCP粉の対立、そして多くのファンによるマイノリティな立場の泥塑粉への制裁である。この事から泥塑粉は公の場に出ることすら許されていないことがわかる。

しかし「山河令」放送後、公然と泥塑行為が行われ、その行為自体が親愛や賞賛を示すようになった。この急激な変化は中国の女性たちの神秘的な概念、性的な欲望、アイデンティティジェンダー観が反映されていると著者は考える。論文ではまなざしの哲学を用いながら作品への反応を検討する事で、その変化について記される。

 

KPOPの普及によりもたらされた「小鲜肉(=若いイケメン)」への欲望、日本のやおいによりもたらされたCP文化、この2つが中国のファンダムにおいて男性アイドルの恋愛関係を想像することに夢中になる現象を作った。また中国政府による同性愛コンテンツの禁止はこの現象を後押ししている。

この現象に基づき、ここから派生し発展した泥塑行為は、西洋のファン文化の一つ、genderswap(日本でいうなら性転換もの、女体化あたりでしょうか)とも類似している。genderswapはジェンダーを再認識し、男性主体の物語に対するポジティブかつ創造的な抵抗であるといえる。

 

泥塑行為の特徴(ざっくり)

1.男性アイドルを「妻、妹、姫、妖精」などと呼ぶ。

2.男性アイドルの元の名前の一部を一般的には女性にのみ使われる字に変更し遊ぶ。

3.男性アイドルの三人称に「她」を使用する。

4.写真に加工を行う。または性転換加工を行うAIソフトを用いる。

5.ファンフィクション上での泥塑も多く見られる。オメガバースもこのような欲望に応えるため設定として借りられることが多い。

 

泥塑行為の台頭が指すこと

1.泥塑は女性の社会的認識が高まっていることを指す一つの結果

単元的だった男性アイドルの評価に革新的な視点と多様な美学をもたらす。表現の幅を広げてジェンダー固定観念をある程度崩す。また自分の性別で褒めることは女性の同性に対する認識の高まりとつながっている。

 

2.素直な欲望の表現

タブーとされていることや、性的な欲望が発露できる女性のためのファンタジーである。現実には実現できない欲望もここで満たされ精神的なユートピアとして作用する。

 

3.伝統的な社会においてジェンダーの秩序を脱構築していること

ジェンダー二元論を打ち破り、ある程度の流動性を高める。女性の不平等な現実への不安や抵抗を反映している。泥塑行為の中で自分を鼓舞し女性への意識の高まりに繋げている。

 

泥塑行為の抱える問題点

1.男性至上主義を複製している点

泥塑行為が持つ男性を対象化し欲望を満たし、自分が権力側に立つという一部の構造は男性のまなざしと本質が同じで、男性至上主義を再生産するに過ぎない。

 

2.伝統的なジェンダー規範を反映し繰り返している点

泥塑行為の対象である彼らが賞賛されるポイントは、男性が女性に対して感じる性的魅力をそのまま要求することがある。

 

3.女性の欲望を解放したとは言い難い点

泥塑行為で男性になりきること、それによって自分の欲望を正当化する一面がある。あくまで女性としてそれを実現することはできていない。

 

もう少し掘り下げて考えたいこと

KPOPの普及によりもたらされた「小鲜肉(=若いイケメン)」への欲望、日本のやおいによりもたらされたCP文化、この2つが中国のファンダムにおいて男性アイドルの恋愛関係を想像することに夢中になる現象を作った。また中国政府による同性愛コンテンツの禁止はこの現象を後押ししている。

さらっと触れられているけれどこの背景について掘った文章があれば読みたいと思った。

中国のいろいろなアイドル規制を機にランキングは撤廃されてしまったけれど、「CP超话」ランキングの盛り上がりは本当に面白かったので…。中国の人々のCPへの力の注ぎ方ってなんなんだろう…数が多いのと可視化されることによるインパクトが大きいのかな。

また結びで「泥塑粉の多くはジェンダーの問題を探究する方法として泥塑を行うわけではない」と触れられていたように、私も気になるのはこの点。またジェンダーの問題は泥塑行為で乗り越えられるのか…と思うし、泥塑行為の抱える問題を解決するのはかなり難しいとやはり思った。

ハマるアイドルによっては必ず目にすることになると言っても過言ではない泥塑行為。私はこの論文で指される問題点に共感するし、公の名で行うことに対して個人的には反対だが、どのような現象が起こっているのかということや、ファンの深層心理について改めて考える機会になった文章だった。